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院長:片岡の詳しいプロフィール

長いですが読んでもらって、僕がどんな人間か分かってもらえたら嬉しいです(^-^)

· 院長

自己紹介がてら、生い立ちやら想いを書かせてもらいます。

僕は非常にゆる~い人間ですから、ゆる~い感じで読んで頂けたらと思います!

1976年生まれ41歳です、あっという間にええ歳になりました。

僕は小さな頃から小さくて、今では「小さいオッサン」の名を欲しいままにしてます(笑)。

僕は「人の為に何かしたい、喜んでもらえる事がしたい」って、子供の頃から思ってました。

人はそういうもんやと、なぜかそう思ってました。

しかし現実は厳しいもので、小学校・中学校では教師による暴力や同級生によるイジメなど、心と身体に強烈な傷が刻まれました。この頃から「自分はダメ人間だ…」と思う様にもなりました。

心に大変大きなダメージを負い、時折来る心臓発作との戦いの日々が始まりました。

いきなり1分間に拍動が200回位打つような発作なんですよ、そりゃもうフラフラです。

病名は「心臓病(僧房弁閉鎖不全症)」、弁膜症の一種ですね。何回か「もうアカンのちゃうか?」って思った事もある程でした。

高校に入ってからは日々大好きなバレーボールの練習に励み、失っていた自分への自信を少しずつ取り戻していきました。心臓の発作が起きて目の前が真っ白になっても、コートに立ちたい一心で無茶をしてました。今考えたら間違いなく自殺行為ですね(笑)。

その後、大学にも行かせてもらってましたが、当時バンドを結成してツアーやCDリリースなどで学業が疎かになり、大学を辞めてギターにのめり込みました。親には本当にごめんなさいです…。

29歳で初のギックリ腰を経験し、それを転機に明治東洋医学院に入学。

専門学校の3年間は、ショットバーの店長を経験させてもらったり、父の設計会社を手伝わせてもらったりしながら何とか生計を立てていましたが、仕事と勉強の両立は本当に厳しくて何度も挫折しそうになりました。

睡眠時間も極端に短く、持病の心臓病も悪化して1日中不整脈が出る状態になっていました。そんな生活ですからテストはいつも一夜漬けで、学校では本当に落ちこぼれ組…。

それでも、子供の頃からの「人の役に立つ事がしたい」という夢を思い出して何とか現状に食らいつき、柔道整復師となる事が出来ました。

31歳、免許取得後初めて兵庫にある整骨院に入社し、その後分院長を任せて頂きました。

今思えば人を治療した事もない僕が、「僕なんかでごめんなさい!」なんて言いながら施術させてもらってました。

沢山のクライアントさんに治療家として成長させてもらえて、感謝しかありません。

35歳で大阪の整骨院に招かれ、そちらでも分院長を任せて頂きました。

この当時になると技術も向上して「良くしてあげたい」という一心で、身勝手で傲慢な治療を延々としていた時期です…。

クライアントさん達には申し訳なかったですが、皆さん喜んで頂き口コミでどんどんクライアントさんを増やしてくれました。ここでも大きく成長させて頂きました。

39歳、整骨院を退社し、心斎橋のリラクゼーション店にオープニングスタッフとして入社し、ここでは店長を任せて頂きました。

整骨院では出来ない今までにない経験を沢山させて頂き、色々な「気づき」を得る事が出来ました。社長とクライアントさん達には感謝でいっぱいです。

僕の治療を受けて頂いた全てのクライアントさん達に、ここまで大きく成長させてもらいました。

大好きなお師匠様達が、僕に大きな気づきを与えてくれはりました。

ここまで育ててくれた両親をはじめ、僕を成長させてくれた方々に心から感謝しています。

今まで僕を支えてくれた全ての方々のお陰で、「よぉなる治療院」は誕生しました。

専門学校で共に学び、技術を高め合った最高の相棒「副院長 今村先生」を迎え、これから一人でも多くの悩める方や困っている方のチカラになれる様、一生懸命頑張っていきます。

今まで以上にお役に立てる様、妥協せず更なる技術向上の為に今後も学び続ける事をお約束します!

長文お読み頂き有難うございました、皆さまの健康と大成幸をお祈りしています(^-^)

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